初めて従業員を雇用するときに必要な手続きと注意点【解説】

雇用・労務関係の法律

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スタートアップやベンチャー企業が、初めて人を雇うとき

スタートアップやベンチャー企業が、成長すると、人を雇うことを考え始めると思います。

創業者同士であれば、仲間内で一緒に事業をやっていくので、問題なりませんが、雇用するとなると様々なことを考慮する必要があるのです。

そこで、今回は、スタートアップ・ベンチャー企業が初めて人を雇うときに必要な法律をみていきます。

就業規則の必要性

まず、従業員を雇う際に、考慮しなければならないのは、就業規則です。就業規則とは、会社と従業員との契約関係を規定するものです。

労働基準法上、常時10人以上の従業員を雇用する場合は、就業規則を作成して、労働基準監督署に届け出る義務があります。

ベンチャーキャピタルなどから投資を受ける際にこの点が未対応であるとの指摘を受けてあわてて準備をするベンチャーも多いため、事前にしっかりと準備を進めておく必要があります。

三六協定の作成と届出を行う

従業員に、残業や休日労働をしてもらうためには、あらかじめ労使間で三六協定を締結し、労働基準監督署に届け出なければなりません

三六協定は、従業員に法定労働時間(1日8時間・1週間に40時間)をオーバーして働いてもらったり、法定休日(4週間に4日)に働いてもらう場合には必要となります。

残業や休日労働がみなし残業代の範囲に収まっているからといって、三六協定が不要になるわけではない点にも注意が必要です。

労働者名簿および賃金台帳を作成

使用者は、各事業場ごとに法定の事項を記載した「労働者名簿」および「賃金台帳」を作成して、一定期間保存しなければなりません。このような「労働者名簿」や「賃金台帳」は、雇用している従業員の人数に関係なく作成する必要があります

従業員の賃金等の条件に関するチェックポイント

経営者としては、従業員を雇う際に、条件面を考えると思います。それでは、法律上、どのような条件が必要になるのでしょうか。

最低賃金法に違反していないかの確認

従業員に対して支払う1時間あたりの賃金が最低賃金法に違反していないかを確認する必要があります。

最低賃金には、各都道府県ごとに定められた「地域別最低賃金」と特定の産業を対象に定められた「特定(産業別)最低賃金」の2種類があり、両方適用される場合には高いほう以上の金額を支払わなければなりません

具体的な最低賃金の金額は、厚生労働省のWebサイトより確認することができます。

時間外労働には、割増賃金の支払を行う

従業員が、時間外労働、休日労働または深夜労働をした場合には、法令の定める割増率に従った割増賃金を支払う必要があります

賃金請求権の消滅時効は2年間です。

なので、少なくとも過去2年間の未払賃金の有無はIPOの際にも重要な審査項目の1つとなります。従業員の労働時間を適切に把握して割増賃金の支払を行う必要があります。

労働時間の把握方法については、厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」が、以下の点を定めています。

  • 従業員の労働日ごとの始業・就業時刻を確認し記録すること
  • 原則として、使用者自らによる現認またはタイムカード、ICカード等による客観的記録により始業・就業時刻を確認することなど

みなし残業代制を採用する場合の注意点

ベンチャーでは残業の有無にかかわらず一定の残業代をあらかじめ固定で支払うという「みなし残業代制(固定残業代制)」を採用している企業も多いです。

しかし、このみなし残業については、勘違いしている経営者も多いのが実情です。

特に、残業代請求などの裁判が提起された場合には、このようなみなし残業代制の有効性が争われることがあるため、あらかじめ有効性が認められる内容となっているかを慎重に確認する必要があります。

有効性が認められるための具体的な要件は以下のとおりであると解されています。

  1. 基本給のうち、割増賃金にあたる部分が明確に区分されて合意がされている
  2. 労働基準法所定の計算方法による額がその額を上回るときは、その差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている
  3. 就業規則(賃金規程)がある場合に、就業規則(賃金規程)にもみなし残業代規制についての規定を設ける
  4. みなし残業代が充当される対象(時間外労働、休日労働、深夜労働)を明確にする

(1)の合意にあたっては、以下のような点に注意する必要があります。

  • 「時間外労働手当○時間分」「基本給の○%」といったように、みなし残業代を時間や割合で算定するルールとなっている場合でも、労働条件、通知書、雇用契約書等において具体的な金額を算出して明示する

なお「みなし残業代を時間外労働手当何時間分とすれば法的に問題ないのか」という質問をよく受けます。

これについて明文の規制はないものの、そもそも時間外労働 は三六協定で届け出た労働時間を超えて延長してはならないため、この範囲(通常は1ヵ月45時間)に限定しておいたほうが安全です。

上記のようにみなし残業代制はあくまで一定範囲の残業代をあらかじめ固定で支払うという制度であるため、みなし残業代分を超えた残業が行われた場合には差額の支払いを行う必要がある点に注意が必要です。

すなわち、みなし残業代制を採用した場合でも、従業員の労働時間は適切に把握する必要があります。

ストックオプションの活用

ベンチャーの社長から「新しく雇用する従業員から会社の株式がほしいと言われているのですが、与えてもよいでしょうか?」といった質問を受けます。

しかし、株式は従業員が会社を辞めてしまった場合にも消滅させることはできないため、従業員に対して会社の株式を与えることは可能な限り避けたほうがよいです。

従業員に対してインセンティブを与えたい場合には、新株予約権(ストックオプション)の付与を検討した方がよいでしょう

なお、従業員持株会を設立して持株会を通じた株式の保有を認めるという方法も考えられますが、未上場企業の場合には従業員が辞めたときに持株会が株式を売却して現金で精算することが難しい場合も多く、やはり退社時の処理が困難であるという問題が残ります。

従業員を実際に雇い入れる際のチェックポイント

労働条件通知書等を交付する

従業員を雇い入れるにあたっては、賃金、労働時間その他一定の労働条件を書面によって明示することが義務づけられています。労働条件を明示するための「労働条件通知書(雇入通知書)」については、以下のWebサイトから無料ダウンロードすることができます。

「誓約書」の提出

法律上の義務ではありませんが、以下のような内容を含む「誓約書」の提出を従業員に、求めたほうが良いでしょう。

  • 職務上発生した知的財産権が会社に帰属する旨
  • 職務上知り得た情報の在籍中および退職後の秘密保持義務など

また、スタートアップ・ベンチャー企業は、他社にはないアイディアや技術で勝負をしている会社も多いことから、以下のように、勧誘することの禁止などの条項を「誓約書」に設けることも多いです。

  • 在籍中および退職後の競業避止義務
  • 籍中および退職後に他の役職員に対して会社からの退職や他社への就業など

ただし、このような条項は、従業員の職業選択の自由を過度に制約するものである場合には無効と判断される可能性があるため、禁止の範囲や期間等を慎重に決定する必要があります。

なお、従業員との間で「雇用契約書」を作成する場合には、別途「誓約書」を作成するのではなく、雇用契約書において上記のような義務を規定しておくことでも、もちろん問題ありません。

社会保険等への加入に関するチェックポイント

労災保険に加入する

労災保険は、従業員が業務中や通勤途中にケガをした場合に保険金の給付を受けることができる保険です。

この労災保険は、従業員を1人でも雇用した事業者は加入しなければなりません。正社員やパート、アルバイトといった名称にかかわらず、基本的には従業員であれば誰でも対象になります。

「雇っているのはパートやアルバイトだけだから労災保険には加入しなくてもよい」というのは大きな誤りです。従業員を雇用したら、必ず労働基準監督署で労災保険の加入手続をしましょう。

雇用保険に加入する

雇用保険は、従業員が失業したときに所得保障の役割を果たす保険です。また、従業員が在職中に育児休業や介護休業をしたときにも所得保障の役割を果たします

この雇用保険は、原則として全ての従業員が加入対象ですが、労働時間や雇用形態等によって加入しなくてもよい適用除外者が決められています。

パートやアルバイトであっても、この適用除外者に該当しない限りは、雇用保険に加入させなければなりません。従業員が適用除外に該当するかどうかを確認して、加入対象者については漏れなくハローワークで加入手続をしましょう。

社会保険に加入する

社会保険とは、一般的には健康保険厚生年金保険のことをいいます。健康保険は主に業務外のヶがや病気の治療の際に適用される保険です。厚生年金保険は主に老後の所得保障の役割を果たす保険です。

この社会保険は、法人であれば代表者1人でも加入しなければなりません

原則として全ての従業員が加入対象ですが、雇用形態等によって加入しなくてもよい適用除外者が決められています。この適用除外に該当しない従業員は、全て社会保険に加入させなければなりません。

なお、パートやアルバイトについては、所定労働時間および所定労働日数の一定基準を満たした場合に社会保険の適用対象になります。社会保険についても、従業員が適用除外に該当するかどうかなどを確認して、加入対象者については漏れなく年金事務所で加入手続をするようにしましょう。

いわゆるアルバイトやパートタイマーは正社員と比べると労働時間や1週間の労働日数が少なかったりしますが、法的には正社員と同じ「労働者」として労働基準法等の適用を受けることになる点に注意が必要です。

したがって、アルバイトやパートタイマーを雇用する際にも基本的には同様のポイントを確認する必要があります。

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