退職する従業員に競合他社へ「自社情報」を流用されないために【競業避止・秘密保持】【2020年8月加筆】

雇用・労務関係の法律

komon5000

退職する従業員への対応

従業員が退職することになったのですが、競合他社に転職されて、在職中に従業員が知った会社のノウハウ等の情報を利用されるのは困るというのがあります。

「このような事態を避けるために、何かよい方法はないのか」という相談があります。

このような事態に対応するために、どのような考えられるのでしょうか。

秘密保持や競業避止の誓約書をとる

退職した従業員が、会社のノウハウ等を不当に利用することを防ぐ方法としては、退職する従業員に、退職後も競業避止義務および秘密保持義務を負わせ、退職後に競合他社への就職や在職中に知りえた情報の利用をけん制することが考えられます

これらの義務を退職従業員に課すために、誓約書を差し入れてもらったり、その旨を定めた退職合意書を作成することが多いですが、退職後の従業員の競業避止義務および秘密保持義務については、それぞれ注意すべき点があります。

なお、退職時に、競業避止や秘密保持を約束させることが困難なことも多いので、就業規則や入社時に締結する雇用契約書に、退職後の競業避止義務や秘密保持義務を定めておくことが重要です。

そのうえで、退職時には、可能であれば、注意喚起の意味も込めて、改めて誓約書を差し入れさせたり、退職の合意書を結んだりしたほうがよいと考えます。

退職後にも競業避止義務を負わせることの注意点

退職後に競業避止義務を負わせることの有効性

退職後にも従業員に競業避止義務を負わせることについては、そもそもこのような義務を負わせることは有効かという問題があります。

競合会社に転職されて会社の情報が使われるのは会社にとって大きな痛手になる可能性があるため、会社としてはできるだけ競合会社には転職してもらいたくないところです。

しかし、従業員には憲法で認められる職業選択の自由(憲法22条1項)があるため、転職先を制限してしまうと、この職業選択の自由を侵害してしまい、競業避止義務に関する合意が公序良俗(民法90条)に反しているとされ、結果的に無効とされてしまう可能性があります。

競業避止義務に関する合意の有効性については、裁判例上では、従業員に退職後の競業避止義務を負わせることに合理性がある場合には、このような合意も有効であると考えられています。

この合理性の有無は、以下の諸事情を総合考慮することで判断されます。

  1. 競業制限する必要性
  2. 制限の範囲(制限する期間、場所、職種等)
  3. 在職時の労働者の地位
  4. 制限に対する代償の有無など

そのため、従業員に退職後の競業避止義務を負わせる場合には、以下を検討することが必要になります。

  • 競業避止の期間をできるだけ短い期間とする
  • 転職を禁止する会社の業種や転職先での職種をできるだけ具体的に特定して競業を制限する範囲を限定する
  • 競業避止の程度に応じた退職金等の代償の交付をする

退職後に競業避止義務を負わせる方法

退職後の競業避止義務を従業員に適用する方法としては、以下の2つがあります。

  1. 採用時に締結する雇用契約や就業規則に規定する方法
  2. 退職時に差し入れてもらう誓約書や退職の合意書に規定する方法

退職後の話なので、(2)の退職時の誓約書や退職合意書に規定すれば足りるとも考えられがちですが、実務的には、退職後の競業避止義務については、(1)の雇用契約や就業規則で定めておくべきです。

円満退職であれば問題は少ないですが、残念ながら退職時に揉めたヶ-スでは、揉めている従業員から(2)の誓約書や退職合意書を取得するのは困難だからです。

そのため、退職時の話ではあるものの、採用時の雇用契約や就業規則にきちんと退職後の競業避止義務についても明記しておき、可能であれば、再確認のために退職時に誓約書や退職合意書の中で、退職後の競業避止義務について明記するのがよいでしょう。

競業避止義務違反があった場合の対応策

退職後の競業避止義務の規定が退職した従業員との間で有効に成立している場合に、従業員による競業避止義務違反があったときは、当該従業員対し、義務違反に基づく損害賠償請求や、競業行為を差し止める手段を講じることが可能です。

実際には、いきなり訴訟を提起するのではなく、まずは内容証明郵便などで警告書を送付することが多いです。

また、当該違反をした退職した従業員が所属している会社に対しても、その違反を知りながら雇用をしている場合などは、違反行為に加担しているとして、警告書を送付することが考えられます。

退職後にも秘密保持義務を負わせるときの対応

従業員に退職後も秘密保持義務を負わせることは、可能です。

ただし、秘密保持義務の対象が過度に広範である場合には、必要性・合理性の観点から公序良俗に反し無効とされる可能性があります。

秘密保持義務の対象となる秘密情報はできる限り特定したほうがよいでしょう。

秘密保持義務違反が発覚した場合には、秘密保持義務違反を理由に、退職従業員に対して損害賠償請求や秘密情報を利用することの差止請求をすることや、転職先の会社が退職した従業員に対して前職で得た情報を利用させたと認められる場合には、当該転職先の会社に対して、損害賠償請求や差止請求をすることが考えられます

しかし、これらの損害賠償請求や差止請求は、実際上、意味がない場合も考えられます。

そこで、会社が外部に出したくない情報については、アクセスできる人を限定する等して、なるべく外部に持ち出せないようにするとともに、仮に外部に持ち出されてしまった場合には、誰が持ち出したかを特定しやすくする等の事前の対策が重要です。

もっとも、競業行為の差止請求は、職業選択の自由を直接制限するものであり、退職した役員や従業員に与える影響が大きい等の理由から、差止請求を行うためには、「当該競業行為により使用者が営業上の利益を現に侵害され、又は侵害される具体的なおそれがあることを要する」と判示する裁判例があります。

退職後の競業避止義務が有効である場合でも、差止請求が制限される可能性があります。

komon5000